はじめて海図を広げた人は、たいてい同じ反応をします。「地図とは全然違う」。陸地は白く塗りつぶされ、代わりに海の上に数字がびっしり並んでいる。見慣れた道路も駅名もなく、あるのは水深と、記号と、放射状に伸びる線。——けれども、この違和感には理由があります。海図は、地図とは目的がまったく違う道具だからです。陸の地図が「どこに何があるか」を示すのに対し、海図は「どこを、どう通れば安全か」を示します。この記事では、海図の種類から水深の読み方、記号の意味、そして最新の状態に保つ仕組みまで、はじめての方に向けて順番にご紹介します。学科試験で海図に苦手意識を持っている方にも、きっと役立つはずです。
海図とは何か——備え付けが義務づけられた航海の必需品
海図は、海上保安庁が作成・刊行しています。船舶が安全で効率的な航海ができるように、岬などの海岸地形や灯台などの航路標識の配置から包含区域・縮尺を検討して編集されるものです。
編集にあたっては、測量成果、海潮流の観測成果などの資料をもとに、決められた記号や表現法に基づいて作業が行われます。日本の海図も海外の海図も、国際的な基準に基づき、基本的な記号や表現方法には共通性があります。海は世界につながっているのですから、当然と言えば当然です。
そして重要な点として、海上保安庁はこう述べています。「ごく一部の小型船舶などを除く全ての船舶に対して、海図を備え付けることが義務づけられています」——海図は「あると便利なもの」ではなく、航海の必需品なのです。
海図には種類がある——縮尺による使い分け
ひとくちに海図と言っても、用途に応じて種類が分かれています。航海用海図(Nautical Charts)は、航海する海域に応じて次のように区分されています。
| 種類 | 縮尺 | 用途 |
|---|---|---|
| 総図(General Charts) | 1/400万よりも小縮尺 | 広大な区域を包含し、航海計画の立案・検討などに使用 |
| 航洋図(Sailing Charts) | 1/100万〜1/400万 | 遠洋を航行するとき。沖合の水深、主要灯台等が図載されている |
| 航海図(General Chart of Coasts) | 1/30万〜1/100万 | 陸地を視界に保って航行する場合。船位が陸上物標により決定できるよう表現されている |
| 海岸図(Coast Charts) | 1/5万〜1/30万 | 沿岸を航行するとき。沿岸の水深・地形・目標などが詳しく描かれている |
| 港泊図(Harbour Plans) | 1/5万より大縮尺 | 港湾・泊地などに出入り、または停泊するとき。港湾の地形、諸施設、海底状況が詳細 |
小型船舶が主に使うのは「海岸図」と「港泊図」
2級小型船舶操縦士免許の航行区域は海岸から5海里以内です。この範囲で使うことになるのは、主に海岸図と港泊図になります。
使い分けのイメージはこうです。
- 出港前の計画:航海図・海岸図で全体のルートを検討する
- 航行中:海岸図で自船の位置と周囲の水深・障害物を確認する
- 入出港時:港泊図で桟橋の位置、航路、浅瀬を細かく確認する
カーナビでいえば、広域表示と詳細表示を切り替えるようなものです。ただし海図の場合、縮尺が変わると載っている情報の細かさも変わる点が重要です。総図には載っていない小さな暗礁が、港泊図にはしっかり描かれています。
海図の「読み方」——まず押さえるべき4つの要素
① 水深——海図の主役
海図の上に散らばっている数字。これが水深です。海図で最も情報量が多く、最も重要な要素です。
ここで初心者がつまずくのが、「この水深はいつの水深なのか」という問題です。海面は潮の満ち引きで上下します。同じ場所でも、満潮時と干潮時では水深が変わります。
海図の水深は、潮位が下がったときでも安全側に判断できるよう、ある基準面からの深さとして表示されています。つまり、実際の水深は海図の数字より深いことが多い、という関係になります。ただし、この基準面の考え方と、実際の潮位をどう加味するかは、学科でしっかり学ぶべき内容です。
※ 水深の読み取りは、必ず正しい知識を身につけてから行ってください。基準面の考え方、潮汐表との組み合わせ方、単位の確認は、いずれも座礁に直結する重要事項です。本記事は概要をご紹介するものですので、実際の航海にあたっては教習所の講習や「小型船舶の航行の安全に関する教則」等で正確に学習し、使用する海図の凡例をご確認ください。
② 底質——アンカーを打つときの判断材料
海図には、底質(海底が何でできているか)も記載されています。砂、泥、岩、砂利など、海底の性質を表す情報です。
これが何の役に立つのか。アンカー(いかり)を打つときです。泥や砂の海底はアンカーが利きやすく、岩場は利きにくい。錨泊する場所を選ぶとき、底質の情報は実用的な判断材料になります。
陸の地図には絶対に載っていない情報ですが、海では欠かせません。これも「海図は地図とは目的が違う」ことの表れです。
③ 航路標識——灯台・ブイの情報
灯台やブイの位置と、その特徴が記号で表されています。単に「ここに灯台がある」だけでなく、どんな色の光が、どんな周期で光るかまで記載されています。
夜間や視界不良時、この情報が船位を確認する手がかりになります。「3秒に1回、白い光が光る」という情報があれば、暗闇のなかでもその灯台を特定できるわけです。
身体検査で色覚が確認されるのも、まさにこのためです。灯火の色を識別できなければ、航路標識を正しく読み取れません。
④ 潮流——船の進路に影響する海の流れ
潮流は、船の実際の進路に影響する重要な情報です。船首を目的地に向けていても、横から流れを受ければ、船は思った方向には進みません。潮流の詳しい情報を確認するには、海上保安庁が刊行する潮流図なども活用します。
大阪湾・明石海峡・瀬戸内海のように潮流の速い海域では、この情報が決定的に重要になります。なお、海上保安庁は特殊図として潮流図も刊行しており、東京湾、大阪湾をはじめとする潮流の激しい主要海域について、時刻別の平均的な流向・流速を表示しています。
電子海図(ENC)とは——紙海図をデジタル化した航海情報
海図には、紙海図のほか、電子海図(ENC:Electronic Navigational Chart)があります。ENCは、航海用海図を国際水路機関(IHO)の基準(S-57フォーマット)に基づいて数値化した、政府公認の電子海図データです。日本のENCは海上保安庁海洋情報部が刊行しており、その内容は紙の航海用海図と同等とされています(日本水路協会/2026年9月3日確認)。
ENCは、別途用意する専用の表示機器やソフトウェア上で動作します。その代表が電子海図表示情報システム(ECDIS)で、自船の位置情報やレーダー映像など、航海に必要な情報を重ね合わせて使用します。
※ 「電子的な海の地図」がすべてENCというわけではありません。一般のスマートフォン用航海アプリやGPSプロッターの電子チャートが、すべてENCに該当するわけではありません。ENCは政府機関が刊行し、ライセンス契約と最新維持(更新)が前提となるデータです。
電子海図の利点と、紙の海図が残る理由
| 電子海図 | 紙の海図 | |
|---|---|---|
| 自船位置 | GPSで自動表示される | 自分で測って記入する |
| 拡大・縮小 | 自由に切り替えられる | 縮尺ごとに別の海図が必要 |
| 更新 | データ更新で対応 | 補正図を貼る、改版を購入する |
| 電源 | 必要 | 不要 |
| 全体像の把握 | 画面サイズに制限される | 広げれば一望できる |
電子海図は圧倒的に便利です。それでも紙の海図が使われ続けています。紙海図の大きな利点の一つが、電源を必要としないことです。バッテリーが切れたら、機器が故障したら、電子海図は何も表示しません。そして、海の上でそれが起きたときこそ、海図が必要な場面なのです。
スマートフォンの地図アプリに慣れた感覚で「紙は古い」と考えるのは、少し危険かもしれません。電子機器を利用する場合でも、電源不要の紙海図をバックアップとして備えることには意味があります。
海図は「最新でなければ意味がない」
ここは、海図のもっとも大切な性質かもしれません。
海上保安庁は次のように述べています。「海図の内容は船舶の安全確保のために常に最新の状態に維持されています」——そして、そのための仕組みが用意されています。
水路通報と補正図
海図の最新情報は、毎週発行される「水路通報」により利用者に提供されています。水路通報には、水路図誌を最新のものに維持するための情報のほか、船舶交通の安全に必要な航路標識の変更、海上における工事・作業に関する情報などが含まれます。
そして、水路通報には補正図が添付されます。これは海図の一部分にあたるもので、利用者が対応する海図に貼り、海図を最新に維持するためのものです。
紙の海図を持つということは、この補正作業を続けるということでもあります。手間はかかりますが、その手間が安全につながっています。
改版
また、海上保安庁は定期的に海図を最新の内容に改訂する「改版」を行っています。補正で追いつかないほど内容が変わった場合は、新しい版を購入することになります。
「昔買った海図が家にあるから大丈夫」——これは危険な考え方です。ブイの位置は変わり、新しい構造物ができ、浚渫で水深も変わります。古い海図は、古い情報しか教えてくれません。
学科試験で海図が苦手な方へ
免許取得を検討している方から、「海図の問題が難しそう」という声をよく聞きます。1級の学科では、海図を使って距離・方位・船位などを求める問題があります。2級でも航海の基礎や海図に関する知識を学びますが、1級ではより本格的な海図作業が求められます。
ただ、あまり構えないでください。海図問題は、道具の使い方と手順を一つずつ理解することが大切です。
1級の海図問題の実際
特に1級の海図問題では、三角定規とディバイダー(コンパスに似た距離を測る道具)を使います。やることは、突き詰めれば次の3つに集約されます。
- 2点間の距離を測る——ディバイダーで測り、緯度の目盛りに当てる
- 針路(方位)を求める——三角定規を平行移動させてコンパス図に当てる
- 船位を求める——2つ以上の物標からの方位線が交わる点を出す
中学校の作図問題に近い感覚です。手順が決まっているので、一度やり方を覚えれば安定して解けるようになります。数学が得意である必要はまったくありません。
教習所ではどう学ぶか
ALPHA MARINEのような登録小型船舶教習所(国家試験免除コース)では、講習のなかで実際に海図と道具を使って練習します。テキストを読むだけでは伝わらない「三角定規の動かし方」「ディバイダーの当て方」を、講師が横で見ながら指導します。
講習では、講師の説明を受けながら実際に手を動かして練習できるため、独学ではわかりにくかった操作を確認できます。手を動かす作業は、教わったほうが理解しやすい——これは海図に限った話ではありません。
よくある質問(FAQ)
Q. スマートフォンの地図アプリではだめですか?
A. 陸の地図アプリには、航海に必要な水深・底質・航路標識などの情報が載っていません。また、海図は国際的に決められた記号や表現法に基づいて作成されており、この点でも一般の地図とは性質が異なります。海に出るなら、海図または電子海図をご用意ください。
Q. 海図はどこで買えますか?
A. 海図は海上保安庁が刊行し、販売所を通じて入手できます。日本水路協会でも水路通報や海図関連の情報を扱っています。詳しくは海上保安庁 海洋情報部の公式サイトをご確認ください。
Q. 小型船舶にも海図の備え付け義務はありますか?
A. 海上保安庁は「ごく一部の小型船舶などを除く全ての船舶に対して、海図を備え付けることが義務づけられています」としています。ご自身の船に何が必要かは、船舶検査手帳の記載や、日本小型船舶検査機構(JCI)・マリーナへの確認でご判断ください。
Q. 電子海図があれば紙は不要ですか?
A. 制度上の要否とは別に、機器の故障やバッテリー切れに備えるという点では、電源を必要としない紙海図にも利点があります。
Q. 水路通報はどうやって見るのですか?
A. 水路通報は毎週発行され、インターネットで提供されています。海上保安庁 海洋情報部のサイトから確認できます。
Q. 海図の記号を全部覚える必要がありますか?
A. すべてを暗記する必要はありません。海図には凡例があり、記号の意味を確認できます。試験対策としては、頻出する基本的な記号と、距離・方位・船位の求め方を押さえることが中心になります。
Q. 大阪湾で使うならどの海図ですか?
A. 沿岸を航行するなら海岸図、港への出入りには港泊図が基本になります。大阪湾は潮流が影響する海域でもあるため、潮流図もあわせて参照する価値があります。具体的にどの図が必要かは、航行するエリアと目的によりますので、販売所やマリーナにご相談ください。
海図が読めると、海が「見える」ようになる
最後に、少しだけ実感の話をさせてください。
海図が読めるようになると、海の見え方が変わります。それまで「ただの水面」だった場所が、地形として立ち上がってくるのです。
ここは水深が急に浅くなっている。この先には暗礁がある。この海域は潮の流れが速い。あの灯台は3秒周期で光るから、夜でも位置がわかる——。海図の情報が頭に入っていると、目の前の平らな水面の下に、起伏のある地形が見えてくるようになります。
これは、単に安全のためだけの技術ではありません。海という空間を理解する、という体験です。釣りをする方なら、地形と魚のつき場の関係も見えてくるでしょう。クルージングをする方なら、なぜその航路が使われているのかがわかるでしょう。
免許の学科は、こうした「海を読む力」の入口です。試験のための勉強に見えて、実は海を楽しむための土台になっています。
ALPHA MARINEのコースについて
ALPHA MARINEは国土交通省登録の小型船舶教習所(国家試験免除コース)です。教習所内で学科・実技から修了審査まで完結します。
- 2級小型船舶操縦士免許:最短3日間。海岸から5海里以内の水域および平水区域を航行できます。海図の基礎も講習で学びます
- 1級小型船舶操縦士免許:最短5日間。航行区域に制限がなく、沖合へ出るぶん海図を使った航海計画の重要性がより高まります。学科でも、海図を使って距離・方位・船位を求める作業を扱います
- 特殊小型船舶操縦士免許:最短1.5日間・55,000円(税込)。水上バイク専用です
1級と2級で迷っている方は船舶免許1級と2級の違いをわかりやすく解説|どちらを選ぶべきかを、すでに2級をお持ちで1級を目指す方は2級から1級へ船舶免許をステップアップする方法|費用・学習内容を解説もあわせてご覧ください。
「海図が不安で踏み切れない」という方こそ、ぜひ一度ご相談ください。講習では実際に道具を使いながら、わかるまで丁寧に指導します。修了審査が不合格だった場合も、1年以内なら追加費用なしで再審査を受けられます。なお、再試験料は無料で、1年以内なら何度でも受けられます。ただし、初回の受講日から1年を過ぎると教習自体が無効になりますのでご注意ください。
まとめ:海図の基本 要点整理
- 海図は国際的に決められた記号・表現法で作られる——海上保安庁が刊行
- ごく一部の小型船舶などを除く全ての船舶に備え付けが義務づけられている
- 航海用海図は縮尺で5種類——総図・航洋図・航海図・海岸図・港泊図
- 小型船舶が主に使うのは海岸図と港泊図
- 載っているのは水深・底質・航路標識など——陸の地図にはない情報
- 電子海図(ENC)はIHOの基準で数値化された政府公認の海図データ——専用の表示機器やソフトウェア上で使用(代表がECDIS)
- 紙の最大の利点は電源が不要なこと
- 海図は最新維持が命——毎週の水路通報と補正図、定期的な改版
- 学科の海図問題は手順を覚えれば解ける——特に1級では距離・方位・船位の3種類が中心
海図は、慣れるまでは難しく見えます。しかし、読めるようになったときに広がる世界は、その苦労に十分見合うものです。大阪で船舶免許をお考えなら、ALPHA MARINEへお気軽にご相談ください。
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監修:ALPHA MARINE(国土交通省登録 小型船舶免許教習所/大阪校)
【法令確認について】本記事の海図の種類・電子海図・水路通報に関する情報は、2026年8月17日に海上保安庁 海洋情報部の公式サイト「海図」を、航海用電子海図(ENC)に関する情報は2026年9月3日に一般財団法人日本水路協会の公式サイト「航海用電子海図(ENC)」を、それぞれ確認したものです。海図の内容・記号・凡例は改訂される場合があります。実際の航海にあたっては、必ず最新の海図をご使用のうえ、毎週発行される水路通報により最新の状態に維持してください。水深の基準面の考え方、潮汐との関係、記号の詳細については、使用する海図の凡例および「小型船舶の航行の安全に関する教則」等の公式資料をご確認ください。海図の備え付け義務の適用範囲については、船舶検査手帳の記載および日本小型船舶検査機構(JCI)にご確認ください。
